スキルス胃ガンになって 9

11月1日。夕方目が覚めた。

心配していた膵臓への転移はなかったらしい。大腸への浸潤があったけれど「切って繋げちゃえば問題ないよ」とのこと。あまりに軽いノリで先生が言われるのでちょっと拍子抜けした。

お腹には腸瘻がついた。

翌日から腸瘻の練習。エレンタールを溶かして、機械の取り扱いの練習。なかなか難しい。出来るかな・・・と心配していると「出来るさ~、80歳のおじいさんだって自宅で自分でやってるよ」と軽い口調の先生。(この先生が私の大門未知子、オノチャンでした(笑))

丁度、テレビで大門未知子やっていて、スキルス胃ガン3Bで緊急オペっていう内容をやっていた。ヤバイじゃん!って思った。

11月4日、まだ朝の8時にもならない時間にオノチャンがやってきた。病院近くのホテルに宿泊していて、この日も朝7時半には病室に来てくれていた母と私は驚いた。。というか驚く間もないくらいな勢いでオノチャンが言った。

「お腹の中、上からも下からも、悪いものは何も無かったよー!これで治療出来るよ!いい知らせは早く聞きたいでしょ?」と。

母は、「先生、ありがとうございます!」って拝みながら泣いていた。

「僕は何もしてないよ~」と言いながら、あっという間にオノチャンいなくなった。

私と母は泣きながら「良かった良かった」と抱き合った。

 

11月7日。抗がん剤スタート。シスプラチン+ドテタキセル+TS-1。

抗がん剤と仲良くなれますように!

気持ちで負けない!!

 

11月8日、退院。

10月12日に吐血してからの入院。長かったようであっという間だった。

愛猫のコマワタに会える💛

退院後の食事、生ものは禁止とのこと。

手術に向けて体力をつけるために、沢山食べろと家族に言われる。この時48.5キロ。

シスプラチン+ドテタキセルは2週間に一度、一泊二日の入院で行われた。

 

段々、体に抗がん剤が浸透して、半月を過ぎた頃から、悪心や軽い吐き気がした。顔も赤くなってテカテカして火照っていた。

 

たまに体調のいい時には焼肉に行ったり、胃を切除すると麺類をズルズルって出来なくなるとの情報を得て、大して好きでもないのにラーメン屋さんにもよく行った。お蕎麦は、ダシのニオイが気持ち悪くて食べられなかった。

※この記事はガンになってから綴った私の5年日記を元に当時のことを振り返っています。

※アーカイブの月日は日記に沿ってあげています。

 

 



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA