スキルス胃ガンになって 12

2月23日。ついに胃、脾臓、胆嚢の全摘手術。

実は、ガンになってから詳細に日記をつけていたのですが、手術前日から、3月半ばまで記載がありません。次に記載があったのは3月16日でした。

なので、この間のことは私の記憶と、当時のメモなどを元に書きます。

 

手術前にもらった手術スケジュールの紙を見ると、術後14日で退院だった。14日で退院する気だったし、何よりもこの手術は私のガンを根治するためなのだと思うと手術は怖いけど、ここさえ乗り越えればと思っていた。まさか、何パーセントかの確立で合併症が起こるらしいけど、自分がもれなくその何パーセントに入るなどとは知る由もなく。。。

当初、脾臓は全摘予定ではなかったが、お腹を開いた結果全摘となった。大腸にも浸潤があり、横行結腸を一部切除した。胆嚢は浸潤は無かったが、胃の全摘後、胆石になる可能性が高くまた開腹することを考えると、胃と一緒に摘出した方がいいとの見解でした。十二指腸も切除。リンパは51個取ったとのことでした。

翌日から歩行練習です。体には7、8本くらいドレーンがつながれていて、背中の麻酔の管やおしっこの管もあって、ドレーンを首にかけて、チューブだらけのまま、まずはベッドから起き上がる練習。

痛いし、辛いし・・・こんなしんどい思い・・・・・付き添いの母は私以上に辛かっただろうな。。。

でも、ここさえ乗り越えればと、根性で歩いた。看護師さんも驚いていました。

2月26日の写真です。家族や友人宛に撮りました。

「とりあえず、生きてまーす」と。

 

私の病室。家族やダンスのお友達、応援してくれる皆の気持ちのこもった千羽鶴は全部で4つありました。オットはお見舞いの度に花を届けてくれました。『わしやんさんの病室はいつも明るくて賑やかですね』と看護師さんに言われるくらい、誰かが来てくれていました。

 

食事は水分から始まり、5分粥とかになって、3分粥とかになったような・・・

毎回一口も食べられず、医師に「毎食0%ですね」と私の食事は、どれくらい食べたかチェックされていました。

胃がないということが頭にあって、食べたものがどこに行くのだろうと考えると、それだけで気持ち悪くて飲み込めませんでした。

これはオットに聞いたのですが、摘出した臓器・・・医師から「見ますか」と尋ねられ、母は断ったが、オットは見たそうです。摘出された胃は想像よりも小さかった・・などと教えてくれました。

 

大腸の縫合不全が発覚し、再手術が行われたのが最初の手術から一週間後。

その数日前?に、朝の回診で、「縫ったお腹のあたりから便の臭いがする」とのことで、麻酔もなく、看護師に腕を押さえつけられて、いきなり縫ったところを切られました。

「ギャーー」と、病院内に響き渡るほど絶叫しました。

それから、高熱が続きました。その後、朦朧として記憶がありません。

オットの携帯に病院から電話。すぐ来てください!とのこと。

緊急手術となった。手術の説明の時(私は記憶がありません)、命を優先するので人工肛門になるとの説明を受け、私はポロポロと涙したそうです。もうダンスは出来ないな・・・と、きっとそう思ったのだと推測します。

 

23日の手術から一週間でとんでもないことになり、、、、14日で退院するはずだったのに、、、また試練がやってきた。

何で、もしかすると合併所などもありますよって・・・そのもしかに入っちゃうかなーーー。元来、欲深いから、一つでも多くほしいって人間だから、神様がそうしてくれたのかな。。。と今ではそんな風に思えますが、当時は・・・暗闇のどん底にいました。

 

※この記事はガンになってから綴った私の5年日記を元に当時のことを振り返っています。

※アーカイブの月日は日記に沿ってあげています。

 

 

 

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2 COMMENTS

アバター まみ

術後のvサイン、覚えていますよ!!
細い指だけど、無事に手術が終わったと安心していました・・・。。
ただ、この後がもっと凄まじかったですよね。。
今思えば、本当によく生還できたと思います。。
奇跡でしたね!!

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アバター わしやん

@まみさん
まみさん、覚えてくださっていたのですね。
ありがとうございます。
あの頃・・・必死でしたね。その後・・・思い出すと頭痛くなるくらい・・・辛かったです。。^^;

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